COLUMN
2026/1/11
time.
2025年の暮れに再びアメリカを旅してきました
「買い付け」と言われればそうなのかもしれませんが、いまいちしっくり来ない。
毎度「人を訪ねて走る旅」というか、モノを求めて走る気が全く無く。
15年前、10年前、5年前、と以前に訪れて意気投合した人物達との再会を目指して
いつもとは違う空港へと降り立ち。
時期も時期なのでいつ雪がどか降りしてもおかしくない季節。天気予報と交通情報を交互に見ながら
車を走らせるルートを決めて。

今回は計6つの週を巡り、「会いたい人にまた会いに行く」その中で目に飛び込んでくる情景であったり
生活シーンを見ながら気がつけばモノを手にしていた そんな時間でした
そもそもの話自分の仕事はアンティーク屋ではあるのですが「モノありき」での仕入れではないから
自然と「モノありき」な営業活動にはならず。
人から仕入れるモノである以上、人から買う、そんな店であり続けたいと。
入り口も出口もそこには全て交錯するかのように「人の価値観」が存在し、敬い合いながら認め合いながら
モノが残っていく

日本でのトレンドであったり売れ筋、というモノを探し回って、求めている方々へお届けするのでは無く
トレンドでも無く売れ筋でもない、ニーズがあるのかどうかもわからないモノを売れるようにする仕事があっても良いのではないかと
何を持って本物と呼ぶのかはわかりませんが、人の価値観と人の価値観が混ざり合って仕上がっていくことが本来の
エビデンスとなり、それを表現し伝えていく行為がしたいのでやはりモノでは無く人を求めてその地を訪れます

憧れのアメリカ、古き良き云々というよりは
今のアメリカを体現し、人と接し、様々な問題を抱えるこの国に住む人が何を大切にし、
そしてこの先どこへ向かおうとしているのかが知りたいし感じたい
その中で使い込まれてきた家具や道具、そして建物にはそれぞれに思いや願いが込められている

20年以上の旅の中で出会いがたくさんありました
そして今は別れの機会も多くなってきました
単にモノを求めてこの距離を移動するのでもなければ 憧れの地を車で走ることでもない
紛れもなくそこにはその人物と築いた共通の価値観があり、そしてそれは身体がこの世から消滅しても
残り続けるレガシーのようなものであり、且つそれらを未来へと繋いでいくためにそこに行く
国を超え言語を超えそして文化を超え 古いモノを扱いながらも継承していきたい未来を次世代へと
